柏原ピアノ音感教室

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zoom RSS 「勉強ができなかったから音大にした」(怒り)ピアノ指導者という役割

<<   作成日時 : 2017/06/07 11:07   >>

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今日も??、真面目です。

私には、3人の子供がいる。
この子供達から多くの事を学んでいる。
「子育て」いや、そんなものはないと思う。子育ては、「親育て」である。

ピアノの指導者もそうであると思う。
生徒さんから多くの事を学び、それがうれしくて、自分も学ぶ。そして共に成長する。
どうしたら生徒さんが音楽を楽しみ、伸び伸び成長できるか、我が子以上に考える。
発表会は何度も舞台に立つ、ステップや、コンクールの活用もその一つ。
ただ、コンクール参加においては、本人ではなく、親の強い意向もある。その場合は慎重に対応し、参加を見送る事もする。

なにより、子供たちが自信を持って舞台に立てるように影でそっと支えるのも、私たちの役割と考える。


進路も、本人の意思を尊重する。 無理に、ここの中学、高校、音大へ行けとは言わない。私には、しがらみがないからである。

ピアノの指導者は、いつどんな時も、陰の存在であるべきだし、なにより、子供たち一人一人のファンで、一番の心の理解者でありたい。

なぜこんな事を書いたのか。

そうでなければならないと、改めて感じる事、経験があったからだ。
感謝していますよ。

長女は高校の音楽科に入ってすぐに、学校の判断で、師事する先生が変わっている。(学校側で決定)
彼女は、自分の経験から、音楽では人は助けられないといった。
なにより、音楽を拒絶した。 自分のようなつらい思いをしてほしくないから、医者になると。
必死で勉強していたのは、家族が一番知っている。  
でも、我が家は、一般家庭。私大の医学部は、非現実的。
彼女の中でもいろんな葛藤があり、入学願書締め切り2日前に急に音大に変更。

ずっと触っていなかったピアノ、試験曲の譜読み。
家族は、拍子抜け。 彼女らしいといえばそうだが…

高校で師事した先生、教室の講師達、音楽関係者の方々に本当に救われたと思う。
財力ではなく、人財の繋がりも。  

彼女は穏やかに音大生活を送っている。 しかし、

「勉強ができなかったから音大にした」
「〇〇先生に変わっても、私が見た曲ばかり」
「入試の曲は、私が昔みた曲ばかりだから、私が入れたようなもの」
「担当の教授から電話があって…」
また、はじまりました。色々言いたいことを言いふらしている。
本当ならいいんですけどね。全くのデタラメ。 
情報源は、Facebookかな。
真実は1つ
可愛そうな人です。


「勉強ができなかったから音大にした」

この発言は、ピアノを教える同業者として、いかがなものかと問いかけたい。


こんな世の中だからこそ、
自分本位でなく、人の心にそっと寄り添て、誰かのために生きたい。

中高の校訓 『典雅 荘重』  『強く 正しく 美しく』

在学中は、漠然としていたが、この言葉の意味が私の中での大きな支えとなっている。

感謝















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